webライター 西海 登の営業日記

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仕事が増えている中で思うこと

有り難いことに仕事が年々右肩上がりに増えています。

 

しかしそれと同時に危惧していることもあります。

それは、文章を書くことが好きで始めたWEBライターなのですが、いつの間にか本業と同列の副業になってきていないかと言うことです。

本業の仕事も嫌いではありませんが、趣味が高じてライターになった自分の身としては、ライターの仕事が本業と同等となってしまうことに少し危機感を感じます。

 

趣味は趣味。仕事は仕事というのを確実に作らなければ仕事に追われるようになってしまうのかなと思います。

私自身がライターとなったきっかけでもある小説執筆に少し力を入れてみてもいいのではと考えました。

 

そこで次回から、このブログで不定期の連載小説を始めようかと思います。

 

完全なる自己満足の小説ですので、文章力などの参考に見ていただければと思います。

俳句、短歌って難しい

ルールのある一定の短い文章に思いの全てを詰め込む俳句、短歌。

 

中でも世界一短いと言われている俳句は季語の使い方やその短すぎる文章に収まりきらない思いがあふれてしまい、とても難しいです。

事実私も苦手です。

 

このカテゴリーでは、そんな苦手意識を克服するために、一日一句を詠んで行こうというさぼらなければ短文で続けられるのではという非常に合理的なカテゴリーです。

長い文章は難しくても、これだったら続けられるかな?

 

それが同時に、短文ですべてを表現するコピーライティングの練習にもなるのでは?という思惑で日々鍛錬の記録として残していければとも思っています。

それでは行ってみます。

 

 

 

朝の執筆

サラリーマンでもある西海は、日中の時間があまりとれません。

 

朝の時間が一番執筆の進むゴールデンタイムです。

 

朝4時起きで2時間記事を書く、という生活リズムが板についてきました。

 

朝起きて、散歩もいいけど執筆もいいですね。

朝も早いので、夜は比較的早くに寝てしまっています。

なんだか健康的になった気分です。

 

老化現象です。

と言われればそれまででしょうが。

若くはないので健康にも注意をしていけばと考えています。

 

 

 

コーヒーはブルーマウンテンで

お題「コーヒー」

 

私はコーヒーはブルーマウンテン以外は飲まない主義なんですよね。

 

他の豆だと雑味が強すぎて気になってしまいます。

 

ブルーマウンテンの酸味がありながらも香り高いあの味は一度飲んだら他のコーヒーは飲めなくなってしまいます。

 

 

はっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだ夢だったのか。

 

 

 

 

 

 

でも、数年後にはそんなブルジョワ発言をしてみたいもんだな。

 

さて、ブレンディのインスタントでも淹れるか。

正直、雑味しか感じないけど、それが赤羽の立ち飲み屋みたいな親しみとなって、もう一杯淹れてしまうよ。

 

 

 

 

今週のお題

今週のお題「読書の秋」

 

読書の秋ということで、

最近夢中になって読んだ小説について書いてみたいと思います。

 

村上海賊の娘

・色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年(だったかな?)

 

そこまで読書量は多い方でないですが、この二作品は結構途切れずに読みました。

 

村上海賊の娘は、登場人物のキャラが生き生きしていて、きっと映画にしたら面白いのではと思います。

映画化の話はまだないですが、実写化された場合のキャスティング予想などをしているブログもかなりありました。

 

色彩を持たないは、良くも悪くも村上春樹の味が出ていた作品でした。

結局何が言いたかったのかはあまりよくわかりませんでしたが、読んでいる最中はそんなことを思わせずに最後まで引っ張ってしまう筆力には圧巻です。

毎年ノーベル賞候補に名前があがるだけの実力はあります。

 

そんな読書家ではないライターと名乗るものですが、今後もよろしくお願いします。

 

 

転職について考えてみる

あんまりしょうもないネタばかり書いているわけにもいかないので、少し真面目にブログ投稿をしてみようと思います。

 

テーマとして考えるのは、転職です。

私自身、大手企業で働いた経験もありますが、一度の転職経験があります。

 

学生時代が終わって、最初に就職をしたのが、20代のことですので、なかなかそんな働くとは何かということまで考えて就職をしていなかったという普通の学生上がりの会社員でした。

当時、大手企業に就職が決まったという事で舞い上がっていたのだと思います。

そんな自分が三年後、転職を考えて行動するとはその当時の自分からは夢にも思っていなかったのです。

 

会社に入ること以外あまり何も考えていなかった

まず第一に、会社に入るという事が目的となってしまっていた節があり、働かなければならないということをあまり考えていなかったということがまずあります。

大手企業でしたので、同期の数も多かったため、愚痴を言い合ったり、会社の将来はこうあるべきだなどと偉そうな話を居酒屋で話したりもしました。

それはそれで楽しくてよかったのですが、このまま行っても大したことないかもなと漠然と思っていたのも事実です。

 

激務の職場で感じだこと

配属は神奈川に近いところだったのですが、入社後1年程たつと、半年間OJTという名の激務の職場への人質として派遣される期間がありました。

半年間だけですが、東京都港区の高層ビルの職場で働くビジネスマンの生活が始まります。

この半年間が本当に地獄でした。自分の能力ではどうしようもない量の仕事を任され、期日も厳しく、少しでも遅れると叱咤される毎日です。毎日終電で帰り、間に合わなければ、始業の二時間前に出社するという社畜という言葉にふさわしいような生活をすることになります。

はっきり言って、この生活がずっと続くようであれば、もう辞めるしかないなと考えていた時代でした。

「自分がいた頃はまだいいほうだ、前はもっとひどかった」などと自慢げにかかる先輩を見て、すごいな仕事できるなと感じていた世間知らずだった頃でもあります。

この当時は朝降りる駅を間違えて遅れたり、帰りに居眠りをしてはっと起きて、乗り過ごしたことを知ったりという、疲れが隠し切れないようなことが頻繁に起こるようになります。

ただ人が足りないだけなのか、OJTの延長などという話も出てきて、心の中でふざけるなと言っていました。もちろん、面と向かっては言っていません。

 

突然の地方転勤、暇を持て余す

そんな激務の職場の期間延長という話があって数週間後、突然転勤だと言われて慌てます。

は?第一印象がそれでした。

一週間で引っ越し準備をしろというのか?こっちでの生活の基盤が整ってきた矢先にこんなのはなんだ?しかも誰も自分に転勤になる等話してくれなかったぞ?

一気に会社に対する不信感が増します。

突然の転勤で生活も激変します。

地方で50代で定年待ちのおじさん方の介護をするような生活が始まります。

飲み会をしても毎回同じ話を聞いたり、仕事も押し付けられましたが、激務の時代と比べると比較にならないぐらいの少量です。

若い人が少ない地方の街です。当時20代だった自分にとって職場で友達を見つけるということもできません。結局、この地域で友達らしい人は一人もできませんでした。

激務の生活から一転、何をしたらいいのか考える毎日を送り、もう何も信じられなくなってしまいました。

転職活動を始め、現在の仕事に転職し、もう10年以上になります。

これらの転職から得られたしくじり先生の教訓は以下のようなものになります。

 

失敗1 就職を労働契約と考えていなかった

前社では、会社の名前を見て、安定した仕事だと過信していました。

しかし、実際には職場を転々とし、総合職と言えば聞こえがいいですが、会社に人生を振り回されているような感じがします。

転職に至るまで、会社と自分との間にあるはずだった労働契約書を一度も見たことがありませんでした。

おそらく会社に都合の良い内容で書かれていたのでしょう。

契約と知らない人にとっては仕事だからと言えば何でもしてしまう会社のイヌになってしまいます。

就職は会社と労働を対価に報酬をもらう労働契約です。

 

失敗2 安請負をしすぎた

転勤の一週間前まで何も知らなかったなど、今考えてみると異常です。

聞いていない、ちょっと待ってくれといって断ることもできたはずです。

しかしその当時、一週間前に転勤を言われて、既婚者は幼稚園が決まっていたのに4月からキャンセルになったなどの話を聞き、これが当たり前なんだと思いこまされていました。

労働契約書に真っ当なことが書かれていても、こうした無茶な要求を本人が了承すれば、契約どうこうなど関係ありません。

今はブラック企業の規制が厳しくなりこうした話も少なくなったのかもしれませんが、大手企業でもこうしたことを平気で行われていました。

これだけ無茶な異動を受け入れるのですから、何か交換条件を提示するべきでした。

自分を安く売ることは、いいように使われる危険性をはらみます。

 

失敗3 誰かがなんとかしてくれると考えていた

仕事において、こうした誰かの穴を埋めるような異動ばかりを繰り返すと、どこかで報われるだろうと漠然と考えていました。

しかし声を挙げなければ、誰も見向きもしないということをこの当時の自分は全く気が付いていませんでした。

辞めると言い出した時に、今よりいい会社はないなどとお決まりの引き留め文句をたくさん聞きました。

しかし、それはその人にとってこの会社よりいい会社がないに過ぎないわけで、他の人にとっても同じとは限りません。そうした価値観の人と話しても何の解決にもなりません。

転職を考えるようになる前は、こうした人たちの中でも、自分のことをなんとかしてくれるんじゃないか、頑張っていると認めてくれるんじゃないかと考えていました。

しかし、残念ながら自分のことに精一杯で他人まで気を使うということまでにはなりませんでした。上司ですら、その上の上司に気に入られようと必死でしたから、そんな余裕はありませんでした。

自分の身は自分で守る時代になってきているのかなと思います。

 

転職はしないに越したことはないでしょう。

しかし、一度転職をしてみると、今までの自分を振り返ってその視野の狭さに驚くのではないでしょうか?

転職を薦めるわけではありませんが、転職のある人生もありなんじゃないかなと思います。

 

(クライアントの皆さん!! 転職関連の記事依頼 お待ちしています。)

 

もう一度行きたい場所

お題「もう一度行きたい場所」

 

初めて一人暮らしをした部屋

 

環境は悪く、日当たりも悪い

でも自分にとっては初めてだらけだった。

 

電気代、ガス代はどうやって払う?

新聞屋の口車に乗せられて、新聞取らされた。

 

夏に試験があり、勉強ばかりしていたは8月下旬。

コンビニに行った帰り、やたら浴衣の人多いなと思っていたら世間は花火大会だった。

 

ろくな思い出はないが、その部屋がなければ今の自分はない。

 

もう津波で流されてしまったけど。