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webライター 西海 登の営業日記

webライター西海登が必死で営業をする日々の日記。編集者の皆さん、仕事ください。

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小説:something to blue(途中まで)

 結婚に焦る20代を描きました。

 幸せな結婚式のために欧米では必要なsomething to blue(何か青いもの)と結婚に関する漠然とした不安(マリッジブルーのようなもの)をかけたところからです。

 

 誰かが言っていた。

 あの頃に戻りたいなら、当時聴いていた曲を聴くといい。

 確かに僕にはそういう曲があったが、自分の過去の感傷に浸るのは趣味ではない。

 だが、自分の歩いてきた道に後悔していないこともまた事実だった。

 今日もまた、僕は過去に自分を置き去りにして未来へと歩いている。

 まるで、電車に乗っているかのように周りの景色が変わっていっているが自分は全く変化していないように感じる。

 しかし、他の人は違う電車に乗っていて僕を見る。

 そして、僕は他人から見たら”移り変わる景色”だ。

 自分では変化していないように見えても、他人から見れば、時が経つにつれて自分の考え方も、見た目もかなり変化している。

 年を取るということは、そういうことだ。


 今日もいつものように、会社を定時で上がると、帰路を急いだ。

「お疲れ様でした」

 オフィスから出る押し扉ですれ違う越島課長に元気いっぱい挨拶をした。僕は帰るときだけは元気がいい。仕事中は抜け殻と言ってもいいほどだった。

「おい、自分の仕事は終わったのか?」

 予想通りの質問だ。僕は気にすることなく振り向きざまに

「はい。あとは先方さんの回答待ちなんでこれで失礼します」

 と、元気いっぱいに返してやった。越島課長は僕がいつものように笑顔を見せると、決まって何か言いたそうな顔をする。

 僕は何も言わずに、ドアを開け、エレベータへと急いだ。


 ここは、31階の高層ビルだ。僕は職場のことを大展望台と心の中で呼んでいた。そうでもしなければ、毎日の仕事でのストレスが発散されない。会社に行く、と言うのでなく、大展望台に景色を眺めに行く、と考えていた。

 エレベータはすぐに降りてしまう。登るのも早い。僕はいつも朝のエレベータがもっと遅く登れば、仕事を始めるのも遅くなるのに、と思っていた。


 ここまで聞いても分かるように、僕はダメサラリーマンだ。

 この不景気の中、こんないい場所に職場がある会社に就職できたこと自体が奇跡だった。就職活動もあまり気合を入れてやっていなかった。とりあえず、内定が出たこのITコンサルタント会社に就職したようなものだ。仕事内容はといえば、お客に説明するパワーポイントを訳も分からずに作成したり、報告書を出すだけでお客が何億という大金を銀行口座に支払われたりするものだ。言わば無形財産でお金を稼ぐ会社だ。

 と、聞こえがいいのはここまでで、結局は机上の空論を専門に作る会社だ。

 僕はこの会社に文句を言いながらも今年で10年も勤め上げてしまった。同期入社した社員はみんな結婚してしまっている。同期同士の飲み会も少なくなってくる頃だ。つい最近、同期の家に遊びに行ったときには、もう小学校1年生の男の子と、幼稚園児の女の子がいて一緒に遊んでいた。他の同期もいたが、僕が一番子供に懐かれていて、一番子供に近いのか、と軽いショックを受けてアパートに戻ってきたのを覚えている。

 今日も家へまっすぐ帰るだけだった。周りからはいろいろ言われているが、自分の時間を大切にしたいから帰っている。寂しい奴だと思われたくないから、人には彼女がいると言う仮定で話すことも多い。この年で独身をやるのも、周りの目に耐える精神力が必要だ。

 昔よりも良くなったとはいえ、30代半ばの独身男の世間の目は厳しい。事実、職場の飲み会がある度にいろいろと心配をされる。

 エレベータの扉が開いた。外は、徐々に曇り始めていた。今日の天気予報では雨は降らないと言っていたが、騙されたようだ。正門の扉を出ると、雷鳴が響いていた。都会の夕立は天気予報でも予想できない。

 駅まで歩く間に何とか降り出さないよう祈りながら歩いた。

 あのカフェまで行けば、何とか雨宿りできそうだ。僕の鼻の辺りに水滴が落ちてきた。スーツの色が変わった部分が一つ、二つと増えてきた。周りの人がさっきよりも足早に駅を目指している。

 僕もカフェの前までたどり着いた。ドアを押すと中からはコーヒーの香りが漂い、ジャズが流れていた。

 どこにでもよくあるチェーン店のカフェだ。何も珍しいところはない。僕もよく、遅刻してはここで時間をつぶしていた。会社に行きたくない日は特にそうだった。


「アイスカフェラテのトール」

 僕が遅刻したときは、ここの店員さんだけが味方だ。

 いつも座るソファー席を見た。そこにはいかにも実業家をやっていますと言わんばかりの高級スーツに身を固め、ノートパソコンと睨めっこをしている男が座っていた。僕はこういうタイプが大嫌いだった。自分は仕事ができないことも関係していたのだろうが、あからさまに自分は仕事ができますという雰囲気を作っている輩を見ると、他人でも軽く睨み付けてしまうくせが、この10年でついてしまったのだった。

 僕はその席を男に気づかれないように睨み付けると、素通りした。本当はあんな風になりたいのかもしれない。

 もう一つの窓際のソファー席に座ると、早速カバンから雑誌を取り出した。30代の会社員をターゲットにした大衆誌だ。僕は「FXで下流社会から脱却」という記事を読み始めた。

 投資……ねぇ。僕は心の中で呟いた。会社員が気軽に投資をできる時代になったが、僕はあまりやる気にはならなかった。証券会社向けのネットワーク構築の仕事を手伝ったときに、証券業界の裏事情を嫌というほど思い知らされたからだ。僕は流し読みで次のページへ移った。

 結婚できない男のここがダメ。

 タイムリーな記事だ。自分でもなんとかしないといけないと思っているところに、傷口に塩を塗るかと言いたくなる。

 結婚はしようと思えばいつでも……と言う人がいるが、それは疑わしい。何十億という人がいる中で、一人を選ぶのだから、物凄い決断力だ。いつでも……と思っているうちに時間だけが流れてしまう。僕もそれは良く分かっていた。ただ、これだという人が見つからない。これも言い訳だということも良く分かっていた。

 ふと、雑誌から店の外に目をやると、雨が窓に当たり、滝のようになっていた。店の中は、滝の中にある洞窟のようになっていた。

「え? なんでそんなことになるの? 契約書にサインして、先方に送っちゃったよ」

 いつも座る席に座っていた男が、携帯電話で話している。仕事で何かのトラブルがあったのだろう。僕の場合、カフェと家には仕事は持ち込まない。

「は? 何で今更そんな事言うかな。だからあそこの物件やるの嫌だったんだよ。よく契約内容変るし、担当者馬鹿だし、もうこれ以上変わったら納期伸ばしてもらえるように言ってくれる?」

 まるで、自分のことを言われているかのようだった。会社の近くということもあり、もしかしたらその”担当者”というのは自分のことなのではないかと、不穏な想像が働く。

 僕は、何となくその場に居づらくなり、席を立った。カップを返しに返却口へと急いだ。その時に男の後ろをわざと通った。自分のことではないかと不安になると、なんとなく気になってしまう。パソコンの画面を見て心臓が高鳴った。おそらくパワーポイントでのプレゼン資料ではないかと思われる画面には「東亜銀行ATMシステムネットワーク増設」という言葉が並んでいた。

 自分の担当しているものだった。

 担当者馬鹿だし…男の言葉が突き刺さった。

 僕はカップを返却口へ返すと、ため息を一つついて、店の扉へと向かった。今日は本当についていない。


 外の雨は止む気配が全くなかったが、僕はこの場から逃げ出したい一心だった。持っていたのはバッグと会社の名前が入った紙袋だ。別に仕事を持ち帰っているわけではない。書類だけ持ち帰って家で仕事をしている振りをしているだけだ。ソファーに座っている男のパソコンの画面に映っていた東亜銀行の書類も入っている。本当に入っているだけだ。

 傘もなく、困っているのを周りの人に気が付かれないように入り口の近くで携帯電話を見てごまかしていると、人が近づく気配がした。

 ソファーに座っていた男が電話を終え、こちらに向かってきた。僕は会社の名前の入った紙袋を隠そうとした。しかし、もう間に合わなかった。

 男は紙袋を見ると、僕のほうをちらっと見た。店の扉に向かうと折りたたみの傘を広げ、足早に出て行った。

 おそらく、男は気が付いたのだろう。東亜銀行の物件はまだ始まったばかりで、担当者同士ではまだ顔を合わせていないが、発注先の元請業者の人とは電話で話をすることがあったが、その他の専門業者とは顔すら合わせない。今日もその一人に気付かれただろうが、まさか自分が担当している物件の担当者だとは思っていなかっただろう。それが通用するから僕は今の会社でやっていけているのだ。それがなければあった瞬間に文句を浴びせられることはよく分かっていた。

 僕はもう諦めて、駅まで走ることにした。こういうところで傘を持っていない辺りが、自分でも大嫌いだった。

 明日はスーツをクリーニングに出そう。


「よう。今日もここでサボりか?」

 いつもの喫煙所は心のオアシスだ。そこでよく顔を合わせる26階の中央商事という総合商社に勤務する河島だ。

「まあな。でもあんまり長い時間いると課長がうるさいから」

「お前のところなんかまだいいよ。うちなんか喫煙所行く回数数えて、一日5回までなんて言い出しやがってよ」

「それ、お前のせいなんじゃねぇ?」

 僕らはサボり仲間とでも言えば正しいのだろうか。会社が違うが、ビルの喫煙所が20階にしかないので他の会社の人とも話をする。

 河島と話すようになったのは、僕が顧客を怒らせて、本当にオフィスに戻りたくなくなかったので喫煙所に1時間いたときのことだった。その時に、15分おきに喫煙所に来ていた河島が僕に話しかけてきたのだ。今でも忘れもしない、最初にかけられた言葉が「お互いダメ同士だな」だ。

「なあ、お見合いパーティーって興味ある?」

「なんだよ、急に」

「まあ、お前も職場で結婚はまだかとかいろいろ言われてるって話してただろ? うちの職場も一緒でさ。そろそろ考えないとなぁって考えてるんだよ」

「……。結婚か」

 昨日も雑誌を見て考えていたところだ。同じ世代の独身が考えることはあまり変わらないのだろう。

「でも、人に言われて結婚って初めて考えるものなのかなぁ」

「俺はそう思うよ。学生時代に付き合ってたのはキャバ嬢とか、クラブで知り合ったイタリア人とかだったから、結婚なんて考えなかったよ」

「…。ああ、前も話してたよな。遊んでたんだよな」

 僕は河島が以前、飲み屋で話してた話を思い出した。自分の学生時代とは雲泥の差だ。僕は家で寝ていることが多かった。

「結婚すると、遊べなくなるしな」

 それが結婚ってもんじゃないのか? 僕は喉まで出かかったが言わなかった。河島は結婚しようと思えばいつでもできると考えている典型だ。

「じゃ、考えといてよ。会費は5,000円だから」

「あ、ああ」

 僕は生返事を返すと、喫煙所の扉から出て行く河島を見送った。僕はあと5分いるつもりだった。

 結婚とは何か…。きっと永遠のテーマなのだろう。


 その日は仕事が手につかなかった。まあ、普段から仕事をしているわけではないが……。

 僕はお見合いパーティーなど本当に参加したいのだろうか。自分で自分の気持ちがわからない。ただただ回りに流されて参加するのが本当に正しいのだろうか。

 時間の無駄、とまでは言わない。何か納得できない気持ちが溢れていた。


「松村さん、EECソフトウエアの新井さんからお電話です」

 嫌な担当者から電話だ。

「はい、かわりました。松村です」

「新井ですが。何なんですか?この仕様書は?」

 また始まった。僕はここから10分近くひたすら謝った。

「こんなことだったら、お宅通さなくて、直接下請けさんとやりますよ!」

 あのカフェで会った男の顔が思い浮かんだ。

 おそらくフリーランスの高収入なのではないだろうか。彼が身につけていたスーツがそう言っていた。

 こんな毎日が続いている中、同じくらいの年で十分幸せな生活を送っている人がたくさんいる。僕はこの違いを呪うしかなかった。

 そう、極めて八つ当たり的な呪いだ。


 そうこうしているうちに定時となった。僕は逃げ出すように会社を出るとそのまま駅へと直行した。

 こんなうだつのあがらない生活をもう10年も送っている。我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。実家に帰ろうかと考えたことも一度や二度ではない。だが、僕の実家は夜になると外灯一つない山奥の村。30半ばのデスクワークしか知らない男が帰ったところで近所から笑われるだけだった。

 ふと携帯を見ると、メールが入っていた。河島だ。

 今日の夜の飲みの誘いだ。


 東京という街は本当に何でもある。

 レストランの料理で東京にいて食べられない国の料理を探すほうが難しいのではと思うことがある。

 河島はカンボジア料理が大好きだ。彼曰く、中華とタイ料理の中間のような絶妙なところを攻めている…らしい。正直、僕には分からない。これが海外出張のある商社マンと一日中パソコンを見ているだけの偽SEとの違いなのだろう。

 今日も彼いきつけのカンボジア料理の店で待ち合わせた。

 河島は先に到着してアンコールというカンボジアのビールを飲んでいた。このビールは薄味で、とても飲みやすい。

「またこの店かよ」

「なんだよ。カンボジア料理と言ったらここだろ」

 だいぶ飲んでいるようだった。河島が先に来て飲んでいることは珍しくはなかったが、今日はだいぶ酒が進んでいるようだった。

「なあ、お見合いパーティーのことなんだけど」

 僕は、気になったことを率直に聞こうとした。そういうことには不自由していないように見えるお前がなんで誘ったんだ、と。

「そのことなんだけど……」

 河島がいつになく真剣な顔になった。

「実家のお袋に癌が見つかったんだ」