webライター 西海 登の営業日記

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転職について考えてみる

あんまりしょうもないネタばかり書いているわけにもいかないので、少し真面目にブログ投稿をしてみようと思います。

 

テーマとして考えるのは、転職です。

私自身、大手企業で働いた経験もありますが、一度の転職経験があります。

 

学生時代が終わって、最初に就職をしたのが、20代のことですので、なかなかそんな働くとは何かということまで考えて就職をしていなかったという普通の学生上がりの会社員でした。

当時、大手企業に就職が決まったという事で舞い上がっていたのだと思います。

そんな自分が三年後、転職を考えて行動するとはその当時の自分からは夢にも思っていなかったのです。

 

会社に入ること以外あまり何も考えていなかった

まず第一に、会社に入るという事が目的となってしまっていた節があり、働かなければならないということをあまり考えていなかったということがまずあります。

大手企業でしたので、同期の数も多かったため、愚痴を言い合ったり、会社の将来はこうあるべきだなどと偉そうな話を居酒屋で話したりもしました。

それはそれで楽しくてよかったのですが、このまま行っても大したことないかもなと漠然と思っていたのも事実です。

 

激務の職場で感じだこと

配属は神奈川に近いところだったのですが、入社後1年程たつと、半年間OJTという名の激務の職場への人質として派遣される期間がありました。

半年間だけですが、東京都港区の高層ビルの職場で働くビジネスマンの生活が始まります。

この半年間が本当に地獄でした。自分の能力ではどうしようもない量の仕事を任され、期日も厳しく、少しでも遅れると叱咤される毎日です。毎日終電で帰り、間に合わなければ、始業の二時間前に出社するという社畜という言葉にふさわしいような生活をすることになります。

はっきり言って、この生活がずっと続くようであれば、もう辞めるしかないなと考えていた時代でした。

「自分がいた頃はまだいいほうだ、前はもっとひどかった」などと自慢げにかかる先輩を見て、すごいな仕事できるなと感じていた世間知らずだった頃でもあります。

この当時は朝降りる駅を間違えて遅れたり、帰りに居眠りをしてはっと起きて、乗り過ごしたことを知ったりという、疲れが隠し切れないようなことが頻繁に起こるようになります。

ただ人が足りないだけなのか、OJTの延長などという話も出てきて、心の中でふざけるなと言っていました。もちろん、面と向かっては言っていません。

 

突然の地方転勤、暇を持て余す

そんな激務の職場の期間延長という話があって数週間後、突然転勤だと言われて慌てます。

は?第一印象がそれでした。

一週間で引っ越し準備をしろというのか?こっちでの生活の基盤が整ってきた矢先にこんなのはなんだ?しかも誰も自分に転勤になる等話してくれなかったぞ?

一気に会社に対する不信感が増します。

突然の転勤で生活も激変します。

地方で50代で定年待ちのおじさん方の介護をするような生活が始まります。

飲み会をしても毎回同じ話を聞いたり、仕事も押し付けられましたが、激務の時代と比べると比較にならないぐらいの少量です。

若い人が少ない地方の街です。当時20代だった自分にとって職場で友達を見つけるということもできません。結局、この地域で友達らしい人は一人もできませんでした。

激務の生活から一転、何をしたらいいのか考える毎日を送り、もう何も信じられなくなってしまいました。

転職活動を始め、現在の仕事に転職し、もう10年以上になります。

これらの転職から得られたしくじり先生の教訓は以下のようなものになります。

 

失敗1 就職を労働契約と考えていなかった

前社では、会社の名前を見て、安定した仕事だと過信していました。

しかし、実際には職場を転々とし、総合職と言えば聞こえがいいですが、会社に人生を振り回されているような感じがします。

転職に至るまで、会社と自分との間にあるはずだった労働契約書を一度も見たことがありませんでした。

おそらく会社に都合の良い内容で書かれていたのでしょう。

契約と知らない人にとっては仕事だからと言えば何でもしてしまう会社のイヌになってしまいます。

就職は会社と労働を対価に報酬をもらう労働契約です。

 

失敗2 安請負をしすぎた

転勤の一週間前まで何も知らなかったなど、今考えてみると異常です。

聞いていない、ちょっと待ってくれといって断ることもできたはずです。

しかしその当時、一週間前に転勤を言われて、既婚者は幼稚園が決まっていたのに4月からキャンセルになったなどの話を聞き、これが当たり前なんだと思いこまされていました。

労働契約書に真っ当なことが書かれていても、こうした無茶な要求を本人が了承すれば、契約どうこうなど関係ありません。

今はブラック企業の規制が厳しくなりこうした話も少なくなったのかもしれませんが、大手企業でもこうしたことを平気で行われていました。

これだけ無茶な異動を受け入れるのですから、何か交換条件を提示するべきでした。

自分を安く売ることは、いいように使われる危険性をはらみます。

 

失敗3 誰かがなんとかしてくれると考えていた

仕事において、こうした誰かの穴を埋めるような異動ばかりを繰り返すと、どこかで報われるだろうと漠然と考えていました。

しかし声を挙げなければ、誰も見向きもしないということをこの当時の自分は全く気が付いていませんでした。

辞めると言い出した時に、今よりいい会社はないなどとお決まりの引き留め文句をたくさん聞きました。

しかし、それはその人にとってこの会社よりいい会社がないに過ぎないわけで、他の人にとっても同じとは限りません。そうした価値観の人と話しても何の解決にもなりません。

転職を考えるようになる前は、こうした人たちの中でも、自分のことをなんとかしてくれるんじゃないか、頑張っていると認めてくれるんじゃないかと考えていました。

しかし、残念ながら自分のことに精一杯で他人まで気を使うということまでにはなりませんでした。上司ですら、その上の上司に気に入られようと必死でしたから、そんな余裕はありませんでした。

自分の身は自分で守る時代になってきているのかなと思います。

 

転職はしないに越したことはないでしょう。

しかし、一度転職をしてみると、今までの自分を振り返ってその視野の狭さに驚くのではないでしょうか?

転職を薦めるわけではありませんが、転職のある人生もありなんじゃないかなと思います。

 

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